銘酒『作』の史上初の生酒、
ひと口目から香り立つ
「凍眠生酒」

清水清三郎商店 凍眠 作
税込13,200円 480ml

東京・日比谷の帝国ホテル内のレストラン「レ セゾン」。ゴールドベージュのインテリア、重厚感のあるソファ風の椅子――洗練された優雅な空間に40代後半の夫婦が現れた。

妻は店内を見回して目を細める。結婚20周年を記念して思い出の場所に夫と戻ってきた。「いらっしゃいませ」。ソムリエがさっそくグラスにワインを注ぎ、前菜をサーブした。フレンチの伝統を踏まえながらも、シェフたちの斬新な感性を集結させたこの店の料理は、いつも驚きの連続。

それに合わせるソムリエのペアリングも最高に楽しい。目の前にグラスを2脚並べ、少量ずつ飲み比べ、なんてサービスもしてくれる。あっという間に時間が過ぎる。

コースも中盤を過ぎた頃、お酒のボトルの表面にうっすらと白い霜をまとった一本をソムリエが運んできた。そのインパクトある見た目に、しばし目を奪われる夫婦。ソムリエは「ボトルを丸ごと凍らせた『凍眠生酒』の日本酒です」と説明した。

「とうみん、なまざけ?」。妻が小さくつぶやく。
「はい。できたて直後の新鮮な生酒を、酒蔵でマイナス30度の液体凍結機というもので、瓶ごと急速に凍らせたお酒です。本来であれば、酒蔵でしか飲めないお酒で、搾りたての味わいを閉じ込めた貴重な日本酒です」。

今回は三重県で醸された「作(ざく)」という銘柄だという。日本酒好きの夫が瞳を輝かせながら、注がれたグラスをのぞき込む。ふんわりと甘い果物のような香りが夫婦をやさしく包み込む。

夫婦はひとくち味わって、ともに目を見開いた。これまでに味わったことのない、圧倒的な美味しさ。フレッシュでみずみずしく、どこかとろりとした丸い口当たり。一口目から華やかな香りが立つ。

ソムリエはうれしそうに微笑みながら続ける。
「とても香り高いですよね。キンキンに冷えたワインや日本酒では、最初からここまで香りが開くことはないのですが、溶けだした直後でも『凍眠生酒』だとかなり芳醇な香りを楽しめます」。

夫婦は深くうなずきながら、早くも二口目を口に含む。やわらかくて深い、甘みも感じられるが、とても自然なやさしい甘さ。生酒とはこんなに美味しいものだったろうか‥。

ソムリエの穏やかな声が響く。「本日は特別な記念日のディナーということですので、唯一無二の体験をしていただきたくて。メインの肉料理に、特別に『作』の『凍眠生酒』をご用意いたしました」。

「『作』の生酒は…、初めてかも」と夫が言う。
「さすが、お詳しいですね。実は『作』の酒蔵、清水清三郎商店の生酒は、こちらが初なのです。本邦初の『作』の生酒でございます」。

そう言ってソムリエは指先を揃え、手の平をボトルの方へ傾ける。夫は驚きに目を輝かせ、感嘆の吐息をこぼした。夫が無邪気に喜ぶ顔、久しぶりに見たわーー妻は小さく笑った。

「フレンチのメイン・肉料理に日本酒」はレストラン初の試み

“ 茸のクルートをまとった鴨のロティ 万願寺唐辛子と桃のマリネをオリーブとバジルと共に”

「メインの肉料理でございます」。
ソムリエが目の前にサーブしたのは、鴨肉に緑の万願寺とうがらしや桃、バジルなどをのせたアート作品のような一皿。赤い万願寺とうがらしで作ったという朱色のソースが、肉の上の緑色と対比して色鮮やかだ。

「フレンチなのに、万願寺とうがらしとは、珍しいね」。夫は身を乗り出して、指先で軽くメガネを押し上げながら料理を眺める。
「そうよね。京野菜だわよね。確か、今が旬ね?しかも赤い万願寺とうがらしって…、私、たぶんお店で見かけたことがないわ」。妻が朱赤のソースをフォークの先ですくいながらソムリエを見上げた。

「はい、万願寺とうがらしは夏が旬でございます。特に赤は希少で高価なので、普段はあまり見かけないかもしれませんね」。ソムリエが丁寧に説明し始める。

「赤い万願寺とうがらしだけをオーブンで焼きまして、しんなりしたものをミキサーにかけてソースに仕上げたものでございます。パプリカや玉ねぎなどは加えず、あえて塩とオリーブオイルだけで味付けしております」。珍しい赤の万願寺とうがらしを、贅沢に、大胆にソースにした斬新なアイディアだ。

「赤い万願寺とうがらしは、青いものとはまた違う味わいね。この日本酒に驚くほどぴったりだわ」。妻の口角が上がり、目は完全に笑っている。

万願寺とうがらしの青っぽいほろ苦さは、鴨肉の旨みと合わせると絶妙なコクとして存在感を発揮する。そして万願寺とうがらし本来のおだやかな辛味やミネラル感とともに、口の中で上品に広がっていく。

さらに『作』のやわらかな甘味がその辛味や苦味をやさしく包み込む。お酒との相性を考え、ワサビのような刺激的な辛味ではなく、あえてパプリカ系の穏やかな辛味を合わせたのだという。甘味と辛味の共演、極上の味わい。

ソムリエが二人に『作』を注ぎ足すとグラスが美しく輝く。
「鴨肉はしっとりと、やわらかいね」。夫は目を細めて、肉の旨味に酔いしれている。

京都・宇治産の鴨肉を、マッシュルームのムースで包み込んでから焼いた料理。肉の皮面を下にして熱し、肉から出た熱い脂の汁を上から何度もかけながら火入れしたもの。普通は肉の分厚い部分に串などを刺して火入れ具合を確かめるものだが、この調理法ではそれができない。調理人の長年の経験と五感よって仕上げる、職人技の結晶である。

ソムリエは上品な笑顔で説明する。
「『作』が溶け出した瞬間のやわらかな口当たりは、少しトロッとしているような、“アルコール感の厚み”とでも言いますでしょうか…、そこがこのお酒の魅力の一つなので、鴨肉もムース仕立てにして、やわらかな舌触りにいたしました」。

妻はその言葉を確かめるように鴨肉を口に含んで、目を閉じる。
夫はゆっくりと肉を噛みながら、目尻に笑い皺を浮かべる。
肉の上の白桃とバジルは、爽やかなアクセント。肉の旨みを堪能した後、口の中にこれらの心地よい余韻が長く続く。『作』とともに口福の時間が満たされていく…。

ソムリエの穏やかな声が響く。「実はメインの肉料理に、ワインではなく、日本酒を合わせたのは、当店では今回が初めてなのです。前菜や魚料理に日本酒を合わせることは多いのですが…。日本酒がお好きとうかがいましたので、本日は特別にこの肉料理に、普段は提供していない選りすぐりのお酒を合わせてみました」。

今回初めて『凍眠生酒』を試してみて、「肉料理の提供タイミングに合わせてお酒を解凍させるのがとてもやりがいがあって面白かった」とソムリエは満足げだ。

蔵人とお店とお客様と、みんなで幸を“作”り上げるから『作』

食事中、日本酒好きの夫は饒(じょう)舌に妻に語った。
「『作』は三重県鈴鹿市の、海近くの酒蔵で造られているんだよ。伊勢神宮のおひざ元でね、さまざまな神事を支える大切な役目も担っている酒蔵なんだ」。
それが明治2(1869)年創業の清水清三郎商店らしい。実は20年前、夫婦が挙式を挙げたところが伊勢神宮だ。

鈴鹿市は、倭姫命(やまとひめのみこと)が天照大神(あまてらすおおみかみ)を奉じて伊勢に鎮座させるまでの伝承を綴った書物の中で、「味酒鈴鹿国(うまさけすずかのくに)」と記載があるほど、歴史のある酒どころ。

今夜味わった凍眠生酒の『作』は、50%に精米した山田錦と、48時間かけて作った麹、そして地元・鈴鹿の軟らかい水を使って醸されたのだという。

思い出すように夫が語る。
「『作』の酒蔵はね、3000ℓとかの小さいタンクで酒を仕込んでいるんだ。大きいタンクよりも小さい方が、酒造りの隅々にまで目が届くんだって。以前、酒蔵イベントで蔵元がそう言っていた」。

醸造工程でもろみは発酵しながら、日々変化するが、蔵人たちはタンクごとにデータをこまめにチェックして温かく見守るのだという。
「まるで子育てみたいね、酒造りは。私たちだって、最近までそうだったじゃない」。妻が微笑んだ。二人の子供がようやく成人し、また二人きりに戻った夫婦は見つめ合う。

伊勢神宮とゆかりのある『作』を、結婚記念日にふたりでしっとりと味わっていると、皿の上の万願寺とうがらしソースの赤色が、不思議とあの時に伊勢神宮で購入したお守りの朱赤と重なって見えてくる…。

「レ セゾン」でのプロポーズから伊勢神宮での挙式、20年間の慌ただしくも充実した家族の思い出が、走馬灯のように夫婦の脳裏を駆け巡る。全てはこのレストランから始まったふたりの物語。

ソムリエが戻ってきた。「日本酒以外にも、ワインなども少しご用意いたしましょうか?」
夫婦は同時に首を横に振った。今夜はこの『作』だけでいい。自分たちの結婚記念日にふさわしい、伊勢神宮近くで丁寧に醸された“契り”の酒。 

人生が折り返したセカンドライフのスタート、その記念日に人生2度目の“御神酒”を今、夫婦でともにプロポーズの場で堪能している。思い出に浸っているうちに妻の目頭は熱くなる。目の前でやさしく微笑む夫の笑顔が、少しだけゆがんで見える。

レストランを出る間際、妻が夫に聞いた。「そういえば『レ セゾン』って、“季節”という意味よね?」。
「そうだね、“四季”とかね。これからは四季折々で、『レ セゾン』に来てみようかね、子供たちも巣立つしね。二人の時間をもっと大切にしようかね」。
そう言って、夫は左の腕をゆっくりと曲げて盛り上げた。妻は満面の笑みで、そこに腕をからませた。東京の夜空には、夏の大三角形が明るく輝いて見えた。

取材・文:滝口智子

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